妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日秀(丹波阿闍梨)

にっしゅう #2877

日秀(丹波阿闍梨)

にっしゅう

(一二六四-一三三四)
丹波阿闍梨と号す。俗姓は高橋出羽世という。
源氏高橋入道忠の子で、忠は上総墨田の領主で日蓮聖人帰依し、次男である出羽世を出家させた。
ち後の中老僧日秀である。
また聖人帰依した藻原の斉藤遠江守兼綱が建治二年(一二七六)一寺を建立し、藻原山妙光寺とした。後の藻原寺である。
聖人身延に入山していたので弟子日向を妙光寺へ遣わした。
正応元年(一二八八)日向が身延に晋山した後、兼綱と忠は同族であるので、日秀に妙光寺を譲った。
初め常楽山としていた山号を日秀が上洛の際、後醍醐皇より常在院の号を賜ったのを縁として山号を常在山と改めた。
日秀は父忠の冥福のため、墨田の館に一寺を建立し、妙福寺(現在は妙源寺)とした。
また相州宮田に実相寺を開き、建武元年正月一〇日示寂。
寿七〇歳。
《『日本仏教人名辞典』「日秀」の項、『史大辞典』一一巻「日秀」の項》

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