妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日伝(玉泉房)

にちでん #2436

日伝(玉泉房)

にちでん

(一三九三-一四四八)
玉泉房と号す。身延山の学僧で初め日能といった。
応永二七年(一四二〇)二八歳で勉学弘通のため上洛した折、当一四歳の日住(真如院)の法器を称揚し訓した。
その後在京一〇余年、日住が松原談所に住していた時、日伝は身延に帰ったが帰以後も両上洛した。
この頃、鎌倉の足利持氏は将軍義教に不満をもち、反抗の態を示して種々に策動していた。
このため義は富士遊覧と称して永享四年(一四三二)九月一〇日、京都を発って駿河に至り持氏を制圧せんとした。
翌年、日伝は追訴のために上洛。
この宗論もおこなわれるだろうと噂されていたが追訴も宗論も行われなかった。
だがこのことは京都の本宗教団及び各宗にも衝動を与えた。
なおこの宗論の問答役者に日住も加えられることになっていたのであり、この宗論は本宗各派ので合議されていたことを知る。
日伝寂は文安五年とされる。

← 事典トップ