三箇の霊宝
三箇の霊宝
さんかのれいほう
日朗門流が主張する立像釈尊、伊豆・竜口・佐渡流罪の三通赦免状、日朗への譲状の三種の霊宝をいう。
いずれも日朗所伝の由緒あるもので、初めは単に聖教とのみ記されていたが、室町中期には一般に信じられ、久遠成院日親の『伝燈鈔』では内容は記していないが「三箇の重宝」としている。
しかし三箇の霊宝のうち、初期には日朗への譲状はなく、自筆『立正安国論』であった。
室町時代に各門流がそれぞれ正嫡の主張をすると共に、富士門流では身延・池上相承が、日朗門流にも日朗譲状の付法状が偽作され、日晴(=一五一一没)の時代には、この日朗譲状を自筆『立正安国論』の代りに立てるようになった。
しかし、他門流ではこれを認めないため、これより一〇〇年後の身延門流の『当家諸門流継図之事』は、この日朗譲状をあげず、立像釈尊、三通赦免状、自筆『立正安国論』としている。