忌火
忌火
いみび
生死に関した火を不浄とし、これに接した身体で神前に出るのを畏れ忌む習俗を忌火という。
『修験故事便覧』にそれについての考察が述べられている。
理について言えば、神には生死なく、忌も不忌もない。
心が清浄純真ならば、外に穢気を受けても、神の清明に交わることが出来る。
『発心集』や『元亨釈書』に、神に祈願中の僧が、哀れな女のために、その母の死体を埋葬してやり、その穢れを畏れながら神前に詣でたが、神は忌法は仮の方便であるとしてとがめなかったことが述べてある。
しかし事について言えば、随方毘尼の戒法もあるから、神は汚穢を忌むとの神国の習俗に従い、強いて風習に逆うべきでないと説いてある。
神道の忌火はこれと異なり、忌は斉戒の義で、浄潔を保って発火させた新火のことをいう。
伊勢神宮では、忌火屋殿を作り、祭事及び朝夕奉献の神饌はその殿内で発火させた浄火によって調理する。
宮中でも古来「大嘗祭」「神嘗祭」の神事に供する御膳部はこの調理法に従った。
《『国史大辞典』一巻「忌火」の項》