妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

小栗栖檀林

おぐるすだんりん #1880

小栗栖檀林

おぐるすだんりん

万治元年(一六五八)発願者要法寺二二世本地院日祐により京都伏見小栗栖町久遠山本経寺(要法寺末開山中道院日法)境内に什門流の妙満寺、寂光寺、真門流の本隆寺、陳門流の本禅寺、八品流の妙蓮寺(本能寺は不参加)等によって合同創設した檀林である。
発願者日祐は滋賀の信者片山某の資金援助を得て堂、諸寮の建立を始め各種の設備を完成させ、本隆寺の学匠梅薗こと妙雲院日承(本隆寺一二世)を化主に屈請した。
招きに応じ学徒の指導と学務に精励、その軌道に乗るのを見て退くも後継者の不足のため、三び迎えられてその職に就く、明治維新まで就任の化主は本隆寺五九名、要法寺一七名、妙満寺一二名、寂光寺四名、本禅寺二名、所属不詳一名の計一〇一名、ただし再任、再々任を含んでいる。
明治維新の育改革は宗教界も例外でなく従来の台学以外の要求もあり、合同経営は困難となり各山とも脱退した。
明治二年(一八六九)要法寺も山内に久成院を開設して脱退し、最後まで残った本隆寺も維持困難から小栗栖の地を去った。 明治四〇年頃である。
《上島日珠『大栗栖檀林』》

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