妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

寺有地問題

じゆうちもんだい #1834

寺有地問題

じゆうちもんだい

明治の新政府は、その改革の第一歩として、封建制の基盤となる土地及び住民の私有支配の制を根本的に改変することを目的として、幕府を始め三百余の諸大名に対して版籍を奉還させる処置を採った。
それまで寺院神社の中には、朱印地、黒印地、除地(のけち、年貢免除地)等の名称で土地及び住民の支配を許されたものが多々あったが、版籍奉還と共に、現在境内地として保有するものを除き、当然の処置として上知(支配権)の剥奪を命ぜられた(明治四年=一八七一=正月五日、太政官布達第四)。
次いで同年五月、各府藩県に対し社寺の境内・境外の区別を明確にするよう指令があった。 社寺境内とは祭典法要に必需の場所と定義し、それ以外の在来境内として認められた部分も全部上知された(使用地を召上げられた)。 偶々廃仏毀釈の気運の強い地方では、境内の観念を極端に狭めて解し、本堂庫裡の雨垂落の部分に限った例もあった。 かくして境内地は、その寺院が自ら買得した確証のあるものの外は、すべて官有地とされた。 樹木の伐採は有林と同様に厳しく監視され、たとえ境内建物の建築修繕の用に供するものといえども厳しい制限を受けた。
昭和一四年(一九三九)四月、宗教団体法が公布されると同時に、かねてからの仏教界の強い要望に応えて「寺院等に無償にて貸付しある国有財産の処分に関する法律」が公布されて従来寺院または仏堂に無償で貸付けてあった境内地が当該寺院等に譲与されることになった。 これと同境内地の定義もようやく現状に即するものとなり、本堂・庫裡・その他寺院に必要な建物の敷地、宗教上の儀式または行事を行うため必要な土地、参道、庭園、風致維持、歴史的縁故地、当該寺院の行う公益事業のため使用する土地等、概ね現行宗教法人法の規定するところの原型となった。
もっとも実際の払下げ手続には、別に定められた「寺院境内地処分審査会」の審査を経なければならない。 かなり面倒な手続きを要したため、大寺院はともかく、一般寺院の中には、この手続きを取らなかったものや怠ったものが相当あったが、役所の側で未処理のものもあったようだが終戦後、総司令部の要請により、大蔵省は極く簡単な手続きにより急遽該当境内地の譲与を完了した。
従来境内地及び境内建物は地租及び屋税の対象とならなかったが、戦後の固定資産税もこれを踏襲して免除される。

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