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大師講

だいしこう #1326

大師講

だいしこう

天台大師智顗(五三八-九七)の忌日である二四日を定日とする講会
もとは日本天台宗が行っている霜月会を源泉とするが、大師講にいたってはその内容に他意も附加される。
日蓮聖人における大師講の開始時期は、『金吾殿御返事』に「大師講鵝目五連給候了。此大師講三・四年に始て候が、今年は第一にて候つるに候」(定四五八頁)という。本遺文の系年は文永七年(一二七〇)一一月二八日であり(異説文永六年)、逆算すれば文永三―四年頃より始められたものと考えられる。
講会の定日には、天台大師の御影(画像もしくは木像)を安置してそれを中心に読経し、また法華経や『止観』等の談義なども行われていたようである。そして弟子日昭、また檀越の富木・四条といった人に大師講を行うことを要請している。
この定日にはおそらく日蓮聖人の消息もその地の教導者によって教説されたろう。それは天台大師鑽仰の念と、門弟の結束、信仰の昂揚の場としても重要であったと考えられる。
そしてこの大師講は晩年、身延にいたるまで営まれ、団の中心となる法会であった。
《『遺文辞典』歴史篇「大師講」の項、『日蓮辞典』『国史大辞典』八巻「大師講」の項》

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