光徳寺(千葉県市原市)
光徳寺(千葉県市原市)
こうとくじ
千葉県市原市に所在。
経王山と号す。
開基原信濃守入道朗意(-一四四九)。
開山平賀本土寺第八世、妙高院日意(一四一九-七三)。
創立は寛正元年(一四六〇)七月。
上総国(千葉県)市東郷中野の市東城主原信濃守は法華の篤信者で、平賀本土寺の発展に尽力した。
従って日意とは顔馴染みであった。
日意は本土寺を隠棲し、白牛に乗って市東郡中野に遊化して来た。
その折、日意に随従していた中に中村氏がいた。
中村氏は日意がこの地に寺を開きたいという決意を知り、そのままこの地に留まり一家を構え、開山の準備をし、日意の再度の来村を待った。
また信濃守の長子原左衛門尉は岩富の城主で、父同様日蓮信者であった。
信濃守の死後、市東城は空城であったので、城を寺に建立し日意を迎えた。
時に原信濃守死後一一年目のことである。
全盛期には本堂・客殿・二王門・山門・鐘楼堂・七面堂・鬼子母神堂・庫裡堂等の伽藍を具備し、中本山として近村近郷にその名をはせた。