儺
儺
ついな
追儺・鬼やらい・厄払・鬼走ともいい、厄・疫神等の悪鬼を払うための儀式をいう。
『法華験家訓蒙』第三巻は『捜神記』第一六を引用して、「顓頊氏ノ子死シテ瘧鬼トナリタルコトヲ説テ儺ノ縁起トセリ」とし、また「論語ノ註ニ儺ハ疫ヲ逐フ所以ナリ」とその意味を説いている。
古くは中国に始まったもので、わが国では文武天皇の慶雲三年(七〇六)疫病が流行して国民が多数死亡したために、その年の一二月に初めてこれを修したのがその起源といわれている。
初めは宮中において、毎年大晦日に年中行事の一つとして行われていたが、次第に社寺や民間でも盛んに行われるようになっていった。
しかし江戸時代の初め頃になくなっていき、今日では節分会に豆をまいて禍を追い払う行事となり、社寺において盛んに行われ、その遺風をとどめている。
節分の追儺会、追儺式といわれるものがそれである。
《『岩波仏教辞典』『国史大辞典』九巻「追儺(ついな)」の項》