仏涅槃図
仏涅槃図
ぶつねはんず
仏陀の入滅のありさまを絵画化したもので、古来涅槃会に懸用するものとして数多く製作された。
沙羅双樹の下において頭北面西に臥し涅槃されたという、その情景を表したもので、彫像においても必ず右肩を下にした臥像であり、画像においては更に細かく描く。
上方には八本の沙羅の樹が天蓋の如く蔽うが、その沙羅の樹は仏陀の入涅槃をいたみ半ば枯葉したとの伝説により八本の中四本の葉を白く描く。
また仏陀の周囲には仏弟子を始め、諸王・大臣・梵釈・諸天・鳥獣などが共に集り嘆き悲しむさまが描かれる。
沙羅の樹の彼方には跋提河の河波を、その上方に満月を描く、月は涅槃の日が二月一五日満月の夜であったことを表す。
塑像としては法隆寺五重塔北面の涅槃像がもっとも古い(和銅四年=七一一)が、日本には彫塑像は少ない。
現存する最古の絵像は、応徳三年(一〇八六)の高野山金剛峯寺のものであるが、涅槃会の記録は更に九世紀にさかのぼる。
涅槃会はとくに江戸時代諸宗にわたって盛んに執り行われ、日蓮宗諸寺院にも長谷川等伯の筆による京都本法寺蔵の涅槃図(国指定重要文化財)など、室町時代から江戸時代にかけて作られた多くの涅槃図が所蔵されている。
《『国史大辞典』一一巻「涅槃図」の項》