護国寺(京都府京都市)
護国寺(京都府京都市)
ごこくじ
了光山と号す。
京都市山科に所在、洛妙伝寺一四世法性院日勇の開基。
日勇は学を好み、常に学室道場の必要を感じてその建設を計画。妙伝寺に晋董するや、たまたま当時の地名である山城国宇治郡竹鼻村(現在は京都市山科区)に元真言の古刹護国院の廃寺跡ありと聞き、これを求めて一宇をつくる。
ある夜、日勇の夢枕に弁財天女が現れ「法悦のあまり永くこの寺を守護す」と告げたという、そのほか大和郡山城主である松平下総守清匡のむすめ源和子即ち後の東福門院が日勇を召して法華経を聴講し、深く帰依し浄財を寄進して方丈及び大講堂を造り、紀州大納言光貞の夫人は一族菩提のため総門、学徒寮を造立した。
日勇は多年の願望を果たし学徒は四方より集まり、寛永二〇年(一六四三)、了光山護国寺と称した。
《『本化別頭仏祖続紀』、影山堯雄『諸檀林並親師法縁』》