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藤堂高虎

とうどうたかとら #4660

藤堂高虎

とうどうたかとら

(一五五六-一六三〇)
藤堂藩初代の藩主。
近江犬上郡(滋賀県犬上郡)に生れ、初め浅井長政に仕え、のち織田信澄を経て羽柴秀長に従う。
文禄元年(一五九二)、慶長二年(一五九七)両の朝鮮の役には専ら水軍を指揮し、この間豊臣秀吉に召出されたが、慶長五年関ケ原の役には徳川康に属し先陣として軍功をたてた。また法華経の熱心な信仰者として、三重県伊賀市上野寺町にある長栄山上行寺を建立、開基となっている。
寺伝によれば同寺ははじめ正一六年(一五八八)紀伊粉河に創立したが、その後高虎の移封に従い伊予今治に転じ、次いで現在の地伊賀上野に移ったという。
帰依僧である同寺の開山安立院日秀は、文禄元年の朝鮮の役に高虎に従い軍船の中に遷化したと伝える。
高虎はのち運の長久を願い、康に親しく忠誠を尽すことを誓い、宗を改め天台宗に移った。
《宮崎英修『続・日蓮宗の人びと』、『国史大辞典』一〇巻「藤堂高虎」の項》

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