破奥記
破奥記
はおうき
一巻。
寂照院日乾(一五六〇-一六三五)・心性院日遠(一五七二-一六四二)の共著というが、実際は智見院日暹(一五八六-一六四八)の名で発表。
元和二年(一六一六)の年頭の頃の成立。
本書は無題であるが、内容から見て一般に『破奥記』という。
元和元年の夏の頃、三浦為春と仏性日奥との間に接触があり、日奥は為春に『法華宗諸門流禁断謗施条目』を与えたが、同年一一月一日は書状において、身延が不受不施義をどう解するのか、当代の日乾は歴代先師の御義に違背している旨を書き送ったのである。
為春の妹は有名な養珠院お万の方であったので、〈日奥→為春→養珠院→日乾〉の経路で日乾にこれが伝わり、日乾は日遠と相い議して『破奥記』と呼ばれる一書を作り、日奥の義に批判を加えた。
日奥はこれを一見して『宗義制法論』を著わして反論。以後、論難往復、やがて受・不受対立の大きなきっかけとなった。
《宮崎英修『不受不施派の源流と展開』》