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法華宗諸門流禁断謗施条目

ほっけしゅうしょもんりゅうきんだんほうせじょうもく #3843

法華宗諸門流禁断謗施条目

ほっけしゅうしょもんりゅうきんだんほうせじょうもく

一巻、仏性院日奥(一五六五-一六三〇)が元和元年(一六一五)に撰し、三浦為春に与えた書。
三浦為春は紀伊頼宣・水戸頼房の生母養珠院の兄にあたり、当時の法華宗団の重鎮で、大坂夏の陣の終った元和元年頃、日奥と法談に及び傾倒するに至った。
日奥は為春の篤信を嘉し「当宗謗施禁断の条目、諸門流の法式並に旧記等、詮を取り要を記して」(宗義制法論)授与した。
これがち本書である。
この述作は八条目から成り、諸門流に不受不施の制法が如何に堅持されてきたかの六例中では、身延日乾の名を挙げて「霊鷲山を移し玉へる名山、日乾の代に至って謗法の地とならん」と攻撃し、不受制の明証である『新池抄』を偽書と看做す当世の学者を「現世一旦の身の誤りを隠さんが為に、恣ままに邪義を構へ」と批判している。
またこれに対し寂照院日乾は、心性院日遠と相議し、日遠の弟子隆恕(智見院日暹)の名により『破奥記』一巻を著して論駁したのである。

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