由比ケ浜の弁
由比ケ浜の弁
ゆいがはまのべん
繰り弁の一つ。
弘長元年(一二六一)五月一二日、日蓮聖人は理不尽にも逮捕され、問注所の吟味もなく、由比ケ浜から舟に乗せられ相模湾を横断し伊豆の伊東へ流罪にされた。
この時、由比ケ浜に集まる弟子信者の中で、師孝第一とうたわれた日朗は、聖人の乗せられた舟の綱にしがみつき「師匠は針、弟子は糸。針が曲がれば糸も曲ります。師匠に罪があれば弟子にも罪があります。何卒私もその船に御乗せ下さい」と懇願した。
しかし役人は六尺余もある船の櫂で、日朗の右腕を強く打った。
日朗の腕は折れ、その場で気を失う程であった。
この有様を船の中から見ていた聖人は「おお、日朗。痛むであろう。日蓮が日頃の教化、よも忘れはすまい。末法に法華経を弘むる者は大難来り、杖をもて打たれ、遠き島に流さるるとは勧持品の経文なり。此の地と伊東は西東、八重の潮路は遠く離るるとも、何条心の交わざるべき。日輪東天に昇り給はば、日朗鎌倉に無事なりと知るぞ。月西山に傾くならば、日蓮伊豆伊東にありて健在なりと知れ。さらばじゃ日朗、その身大切に」といい残し、弟子信者の見送る読経・唱題のなか、聖人を乗せた船は岸辺を離れて行く。
という内容を、詩情豊かに語りかけて行く弁である。