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法華講談千座

ほっけこうだんせんざ #3893

法華講談千座

ほっけこうだんせんざ

近世中期の説法者・安(一六二六-九八)は佐土原(宮崎県)へ寛文六年(一六六六)に配流された。
配流の地で藩士や神主等の懇望によって、漢籍や神道の書などを述した。
これが縁となって、寛文八年一〇月、領主島津飛弾守忠高に向って開講方を訴願したのがこの法華講談千座である。
なかなか許されなかったが、五年後の寛文一三年一一月許容され、一五日から開された。
だいたい毎日一座あるいは二座をじ、延宝三年(一六七五)一〇月二日をもって合計八一〇余座となった。
は佐土原流謫前から法華経の説を行っていたが、その数と合算して計一〇〇〇座を成就したのである。
は「心中慶幸絶言語」と喜び、説に列した聴衆に饗応し、毎のときの通りに前に香華燈明を備え、礼盤に登って、草木成仏法門を談じた。
そのありさまを、さながら「似再演法華儀式」と悦んだと伝えられる。
近世中期法談の代表的なものとされる。

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