柴田鳩翁
柴田鳩翁
しばたきゅうおう
(一七八三-一八三九)
江戸中期の心学者。
名は享、字は陽方、通称謙蔵。
他に眉山・維鳩庵などの号がある。
彼は正則な学問を身につけたわけではなかったが、幼少のころから読書を好み、生得の才能に恵まれて、初め軍書講談で名を挙げた。
たまたま石田梅岩の『都鄙問答』を読み、心学に接して学問の尊厳に眼を開き、時習舎の薩埵徳軒(さつたとくけん)、更に明倫舎の手島堵庵(てじまとあん)のもとで修行し、ようやく三九歳にして石門の免許状ともいうべき断書を得た。
彼が各地の心学講舎において口頭伝道した道話は、聞書の形で口述のまま板行され、『鳩翁道話』(全四篇)として成り、今日に伝えられる心学道話の中でも白眉のものとされる。
そこに引用される多数の譬喩や実話、軽口話は、もっぱら通じやすく大衆の心中に訴えることを眼目としたが、就中、日蓮聖人の身延三首の一つと知られる「おのづからよこしまに降る雨はあらじ風こそよるの窓をうつらめ」(『三沢御房御返事』定二一〇三頁)を自説に援用しているのが興味深い。
《『国史大辞典』七巻「柴田鳩翁」の項》