木下尚江
木下尚江
きのしたなおえ
(一八六九-一九三七)
社会運動家。
小説および評論を書く。
長野県松本生れ。
キリスト教的人道主義の論説を発表、普選運動、廃娼運動、足尾鉱毒問題に取組み、平民社に参加して反戦運動を行った。
小説『火の柱』『良人の自白』を毎日新聞に連載、平民社解散後は雑誌「新紀元」を創刊したが、母の死を契機に伊香保山中にこもり『懺悔』『飢渇』や小説『霊か肉か』を書いた。
この頃から仏典に親しみ始め、岡田虎二郎の静座法に傾倒したりした。
明治末から仏教の評論を書き始め、『法然と親鸞』を刊行したのと時期を同じくして、明治四三年(一九一〇)一一月東京文英堂より『日蓮論』を発表した。
《『国史大辞典』四巻「木下尚江」の項》