有解無解
有解無解
うげむげ
解とは、一般的には、解くこと、解釈すること、説きあかす、ものごとの理をさとるなどの意である。
有解はその肯定、無解はその反対で否定すること。
仏教では、信・行・証・繋(けい)・縛(ばく)などに対する語で、(1)諸法の事理をさとる解悟・解了・了達などの意味に用いられる。
(2)また自ら領解するところの義を解釈し解説する意味と、
(3)煩悩の繋縛を解き、苦悩をまぬがれる解脱の意がある。
『法華題目抄』に「たとひさとりなけれども信心あらん者は鈍根も正見の者也」(定三九二頁)とて、提婆は「有解無信」の者にして堕地獄、須梨槃特は「無解有信」なれど普明如来になり給うとして、解よりも信が大切であるとされる。
《『遺文辞典』教学篇「有解無信」「無解有信」の項》