妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日隆(覚照院)

にちりゅう #3181

日隆(覚照院)

にちりゅう

(-一六九二)
字は巻錦、覚照院と号す。不受不施津寺派の人。
元禄五年二月一三日遷化。著述に『弟子檀那遺誠』がある。
地下に潜伏して法命をつないでいた不受不施派は、天和二年(一六八二)の頃、岡山の法立の宗順が内信者の仏前を拝しその看経の導師を勤め、また春雄日雅が本尊に内信者を列記したこと等が、いわゆる清濁混乱の謗法であるとして問題となった。
これが口火となって、日頃から不仲の日隆と日指庵の覚隆日通が対立し、遂に両者は不通となり、津寺派(講師派)と日指派(堯了派)に分立するに至った。
世寿不明。

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