日要(三河阿闍梨)
日要(三河阿闍梨)
にちよう
(一四三六-一五一四)
三河阿闍梨と号す。千葉県保田妙本寺一一世にして、円明院日澄、常寂院日耀、慧光院日真らと同時代の学匠である。
妙本寺の日慮により出家す。
日要は日向門徒と保田門徒との不和を本末和合させ、また学頭となり、延徳元年(一四八九)五四歳にして法灯を継承している。
その後文亀二年(一五〇二)学頭職を本永寺の本寿院日杲に譲り、永正一一年一一月七九歳で没した。
門下は関東・九州に多くあり、その数百余人の多きに及んでいる。
日要は大石寺日有に学んだが、隆門教学に影響を受け、八品下種正意論を説いているが、後に要法寺日辰は批評を加えている。
《『日興門流上代事典』「日要(妙本寺第十一代・三河阿闍梨・惣持坊)」の項》