妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日行(延命院)

にちぎょう #3042

日行(延命院)

にちぎょう

(一三八七-一四三四)
延命院と号す。
池上・比企両山六世、甲州波木井郷の人、身延八世日億、同九世日学と兄弟で、共に身延七世日叡に師事、叡門の三猊と尊称される。
応永七年(一四〇〇)に身延・池上・比企三寺を兼帯した日叡が化すると、両山は身延日億の支配となったが、両山衆徒の要望で専住しうる貫首ということになり、日行が迎えられた。ときに一四歳の若年であったので、比企谷の本行院日顗が指南役となり両山の経営が行われた。
応永二九年閏一〇月一三日に佐竹興義が関東管領に反旗をひるがえし、戦乱となった。
比企の諸堂も戦火にかかったが、宗祖筆の蛇形曼荼羅が井中に入り、蛇となってこれを防いだという伝説は、日行の代のことである。
小欲知足の真実の僧(『日現書置』)と称賛された名僧であったが、永享六年六月五日、四八歳で比企谷で入寂、池上で荼毘に付された。
《石川存静『池上本門寺史管見』、『本化別頭仏祖統紀、『日本仏人名辞典』「日行」の項》

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