にっとう
(一六五一-一七三三)
字を静慧、妙玄院と号す。
池上本門寺第二四世。
妙悟院日玄に依りて得度し、一五歳にして飯高に入る、研習三〇年、元禄八年(一六九五)四五歳にして、『法華玄義』の講主となり、静岡県の村松海長寺に移り、一〇年目にして飯高檀林の化主となる。
正徳元年(一七一一)水戸光圀にまねかれて三味堂の講主となり、次に誕生寺を嗣ぎ、終に両山の主となる。
撤底的に仏殿祖堂の修営に勤め、将軍の命に依り深徳夫人の廟を築く、在職一二年にして山陰に庵を作りて退き、享保一八年化す。寿八二歳。
《『日本仏教人名辞典』「日等」の項》