ふじゅふせこうきょじょう
幕府等の権力者の行う供養会、祈祷会に出仕せず、他宗社寺の諸勧進に布施せぬことの国家による許証であり、その目的は国主の謗施を受けず日蓮聖人以来の制法を守りぬくことであった。
宗門史上、明応元年(一四九二)以後元亀三年(一五七二)足利義昭の時、幕府は不受不施を公許した。
更に信長、豊臣秀吉の時代を経て派祖日奥の対馬流罪赦免を待ち元和九年(一六二三)の公許状をもって事実上、不受不施制の確立をみる。
但し文禄四年(一五九五)より慶長一九年(一六一四)に至る二〇年間「大仏供養会」の行なわれた間、公許状は供養会出仕の名において無視された事実を忘れてはならない。