日玉(殊芳院妙月)
日玉(殊芳院妙月)
にちぎょく
(一六二二-八六)
殊芳院妙月と号し、草山養寿庵の開祖の比丘尼である。
摂州大坂の人で俗性赤松氏。一五歳で恵藤家に嫁ぎ五男三女を生み、三六歳で夫に訣れた。
その長男出家して槇尾の善俊と称し次男もまた出家し日燈と称し、深草元政の高足後継となっている。
日玉は深く仏門に帰し、元政について落飾し受戒した。
寛文七年(一六六七)元政の母逝去して養寿庵を改め尼寺として住し、ここにあって修懺唱題日課欠かさず、遂に尼衆の叢林となった。
日燈に『養寿庵清規』一策を製作させて山規とした。
天和三年(一六八三)病にかかったが、日燈『宗門緊要』一篇を作り、母に呈して菩提の資けとした。
貞享三年一〇月二五日寂、世寿六五歳。
《『日本仏教人名辞典』「日玉尼」の項》