妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日感(禅智院)

にちかん #2669

日感(禅智院)

にちかん

(一五六九-一六二九)
禅智院と号す。
飯高檀林七世、同寺歴世中屈指の学匠で、真山弘法寺(千葉県市川市)の一〇世である。
寛永六年(一六二九)三月八日、六一歳をもって頓寂した。
著書に『真伝統記』がある。
また門弟に真一一世の禅智院日立がいる。
なお弘法寺に存する『一本歴譜』によると「池上十六代日遠弟子」とあるが、当身延山には同名の学匠禅智院なる人があり、日樹の『摧邪乾遠義抄』によると、身延者で日遠に随従していた人物がいたので、後人が誤記したものと思われる。
日感は池上日樹に与し、寛永六年正月六日、正月礼に西ノ丸に登城した、控の間で待合せたであろうか、身延系の師(日乾か日遠か、あるいは当住日暹か)と「当宗法に付て穿鑿仕り候処に、野子、四端を加え申候処、一言の答なく、皆詰含鼻の如くにて候き、宗門達士等皆親しく聞き成され候」(日樹書状)と相手を論伏している。
しかし日感寂後に起った身池対論によって、池上が身延支配となった。

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