妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日尋(久遠院・玉持院)

にちじん #2601

日尋(久遠院・玉持院)

にちじん

(-一五三八または四八)
久遠院または玉持院とも号する。
妙光山法華寺(北海道松前郡)を中興し二世となる。
妙光山法華寺は、もと玉持山法華堂と呼ばれており、正安元年(一二九九)に蓮華阿闍梨日持(一二五〇-)によって創立された。
日尋は京都本満寺の塔頭玉持院の二世であったが、日持の遺跡を追慕して、奥羽、津軽を経て北海道に渡り、享禄元年(一五二八)五月、桧山郡上ノ国村小堀に至って日持の経石を発見し、そこに在った法華堂を寺としたのが法華寺である。
また法幢山法立寺(青森県弘前市)も日尋の開山によって文二年(一五三三)に創立されている。
日尋の寂年については諸説あるが『本化別頭仏祖統紀』に記されている享禄元年(一五二八)五月十八日説は、法華寺や法立寺の縁起から推して信憑を欠く。
法華寺の記録では文七年三月二日とし、法立寺の記録では、文一七年三月二日とあり、いずれも年齢は詳らかではない。
《『日本仏人名辞典』「日尋」の項》

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