にっしゅう #2496
にっしゅう
(一五七八-一六五〇) 肥後常光(妙永寺)第三世、字は秋澗、智雄院と号す。また一鴎とも呼ぶ。 石川県能登の生れで、本興寺日相について出家し、初め京都松ケ崎檀林で学び、後、飯高檀林で心性院日遠の教えを受け、次いで安国院日奥に迎えられ、妙覚寺で内外の書を講義する。 元和六年(一六二〇)肥後に下り国主加藤忠広に出会い、儒学者那波道圓と交際し詩文のやり取りをする。 慶安三年一〇月一〇日寿七二歳で示寂す。 《宮崎英修『日蓮宗徒群像』、『日本仏教人名辞典』「日収」の項》
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