小松原の弁
小松原の弁
こまつばらのべん
繰り弁の一つ。
文永元年(一二六四)一一月一一日、日蓮聖人が小松原にて、東条左衛門尉景信の襲撃を受けた情景を語った段。
本弁は同日、天津の城主工藤左近之丞吉隆の招きに応じて、これにおもむくこととなった聖人を、景信は百数十人の兵士と共に申酉(午後五時)の頃、小松原で襲撃した。
聖人の一行は日朗、日澄、鏡忍房ら十数人で、大力無双の鏡忍房は、聖人を守って討死する。
景信は馬上より聖人めがけて「日頃の怨み思い知ったか」と、太刀を打ち下す。
聖人「妙法蓮華経序品第一」と、念珠をもってこれを払うと、景信は五体すくんで落馬し気絶してしまう。
忠吾、忠内の注進により、聖人の一大事を知った吉隆は、聖人を守らんと小松原に駈け付けるが、多勢に無勢にて重傷を負う。
聖人はその姿をみて涙ながらに「吉隆殿、御身こそ法華経の行者」と助け起こす。
聖人の無事を知った吉隆は、合掌して法のために命を捧げることの果報を述べ、生れる子を聖人の弟子にと遺言するという内容で、法華経色読に生きた聖人と弟子信者の、偉徳の一端を語る弁である。