同和問題
同和問題
どうわもんだい
同和問題は、いわゆる部落問題として大きな社会的・政治的な問題である。
その発生は歴史的に必ずしも明瞭に時期を判別し難いが、古代社会にさかのぼり、一種の奴隷制度に深い根源があると思われる。
すでに耶馬台国に現れていた王と貴族と平民と奴婢の身分差別も無視できないであろう。
彼らは「賤民」として身分を拘束され、戦国時代に入ると、大切な武器の生産を確保する経済的必要から、一定の職業と住所が結びつけられ、職業と身分と結びつけられたのである。
ここに「部落民」の発生があるとも思われる。
部落の職業は死牛馬の取扱い、犬殺し、皮細工、竹細工、ぞうりそのほか履物をつくり貧困に苦しみ、社会の基本的産業である農業、養蚕、木綿及び生糸の織り物、大工、左官、家具・農具の製造やその他発展性のある手工業からしめ出されていた。
しかし農業に従事する者もあったが貧農であった。
部落の農家の耕作面積を全国的に平均すると、第二次世界大戦前で約四反で、日本農家の平均の半分にも足りないといわれている。
このように農業からも近代産業からも締め出されていた。
しかし例外として皮革業や土建業で産をなしたものも、少数ながらもある。
第二次世界大戦後、日本の民主化や労働運動の発展に伴い、部落解放運動は盛んとなり、大きな社会運動の流れとなって、政治行政にまた教育面に於ても重大な影響を与えて今日に及んでいる。
昭和四四年(一九六九)「同和対策事業特別措置法」が制定された。
同法第六条で、この法律の目的を達成するために八項目の施策を明示している。
これは「日本国憲法の理念にのっとり、歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域について国及び地方公共団体が協力して行う同和対策事業」であり「対象地域における経済力の培養、住民の生活の安定及び福祉の向上等に寄与することを目的とする」ものである。
因みに「同和」とは「差別観念をなくして、全国民の同和をすすめる」ことにある。
《馬原鉄男『部落問題の歴史』、井上清・上原泰作『部落の歴史』、原田伴彦『入門部落の歴史』、部落問題研究所『部落問題』、『国史大辞典』一二巻「部落解放運動」の項》