鷲尾家
鷲尾家
わしのおけ
藤原北家四条流。
権大納言四条隆親の三男権中納言隆良(-一二九六)を祖とする。
隆良は京都東山鷲尾に住み、よって鷲尾を氏とした。
隆職(たかもと)は北朝に仕え子孫相継ぎ、隆右・隆遠は権大納言に進んだ。
江戸時代には家格は羽林家で、隆量より隆純(たかいと)まで歴代権大納言に昇った。
家禄一八○石。
膳羞(せんしゆう)(祭の供え物)および神楽を家業とした。
堀之内妙法寺と千駄ヶ谷仙寿院の主職は代々この鷲尾家の猶子たることを定例としてきた。
猶子とは一族の意識強化のために相続を目的としないで仮の親子関係を結んだ子のことで平安時代ごろからあり、江戸時代には主な寺院は公家と猶子契約を結び、その権威を背景とした。
ところが天保七年(一八三六)妙法寺日憲が死に臨んで猶子格を返上せよと遺言したことにより、妙法寺と鷲尾家との間に不和が生じ、遂に同年一二月両者の関係は断たれた。
隆賢は明治天皇の東宮のとき家司を務め、隆聚は慶応三年(一八六七)の高野山挙兵、次いで戊辰の役における奥羽鎮定に功があり、明治維新ののち華族に列し伯爵を授けられた。
隆良―隆嗣―隆職―隆右―隆敦―隆豊―隆遠―隆頼―隆康―隆尚―隆量―隆光―隆尹―隆長―隆煕―隆建―隆仲―隆純―隆敬―隆賢―隆聚。