本門寺(青柳寺・京都府亀岡市)
本門寺(青柳寺・京都府亀岡市)
ほんもんじ
室町時代の京都における日蓮宗寺院で、青柳寺(あおやぎでら)とも称した。
富士門流に属する天目によって創建され、二条西洞院北頬にある青柳辻に位置した。
天目は妙顕寺の日像が入洛した六日後に上洛したが、王城の開山という美名を欲して、日像と事を構えた。
これによって却って追放されたこともあったという。
日住の『与中山浄光院書』によると、青柳本門寺は応仁の乱以前までは小堂があって、あまり繁栄してはいなかったといわれる。
ところが応仁の乱が終って他の日蓮宗寺院が復興する頃になると、本門寺は姿を消してしまって、誰に聞いても知る人がなかったという。
応仁の乱によって京都が焦土化した所に青柳本門寺も退転してしまったのであろうといわれるが、現在法華宗本門流本能寺末として亀岡市本町にある。