日高置文
日高置文
にちこうおきぶみ
帥公日高(一二五七-一三一四)が臨終に際して正和三年四月二六日に定めた置文。
中山法華経寺蔵。
ただし本置文には「高師御置文、胤貞加判」と端裏書され、本文中に「此置文を書き置かると雖も、僧鶴林(臨終)に及び、御判形能わざるの間加判し畢ぬ」(原漢文)という文言がある。日高が臨終に及んだために、千葉胤貞がこれに代って署名したものである。
本置文は四ヵ条より成る。
これによると、まず「法華寺本尊聖教并中山釈迦仏聖教」は大輔公日祐に「弘法寺本尊聖教」は弁公日樹に「北方堂・中山本尊」は郷公に「柏井奉免」は筑前公・治部公両人に、それぞれ委ねられている。
法華寺・弘法寺の両寺においては、永仁七年(一二九九)に定められた富木殿の置文(「日常置文」)を守り、中山本妙寺においては「日高存生の如きの思いを成し」て、講会以下の勤を怠らないことを要請している。
また「僧徒・俗衆・講衆等、互に思い相うべきこと」という一条があり「日常置文」に比べてみると「俗衆」が新たに加えられていることが見い出せる。
その他「申し付くる所の寺々に於ては、各何も一寺の思をなし」て、法命を助くべきことが求められている。
本置文は僧俗一致和融して、教団を維持発展させることを希ったものともいえよう。
《中尾堯『日蓮宗の成立と展開』》
図版