にちけん
(一五五八-九九)
字は純性、妙雲院と号す。
身延一八世、『本化別頭仏祖統紀』には「白州(鳥取県)の人なり」とあるが、その生地を証する典拠はない。
東海の地に遊学した後に祖山に登り、身延一七世慈雲院日新の教化に浴しつつ、日夜法器を磨き、文禄元年(一五九二)八月身延一八世に晋山、在職八カ年、この間に村雲日秀尼の外護を得、方丈・唐門・本堂を建立し、浅野右近大輔忠吉の帰依を得て、天照八幡社拝殿を建立するなど、身延の伽藍を整備拡充した。
慶長四年三月三日化す。
四一歳。
著書に『方丈建立正法則』一巻がある。
《『日本仏教人名辞典』「日賢」の項》