妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日純(谷中感応寺)

にちじゅん #2893

日純(谷中感応寺)

にちじゅん

(一六二四-八四)
谷中感応寺九世領玄院日長の資で同一二世を継ぐ。
並びに感応寺一三世日映の弟子日員が伊予宇和島に創建した妙長山法門寺の開山祖となっている。
寛文六年(一六六六)「感応寺縁起」を記す。
感応寺は碑文谷法華寺の末寺として不受不施派に属していたが、寛文五年の御朱印再交附に際して日純は、碑文谷法華寺日禅や小湊誕生寺日明と行動を共にし、朱印寺領を慈悲供養、悲田供養として受取った。
これがために信徒の不評をかうこととなり、寺は徐々に衰退し始めた。
あたかも日純在山代は、隆盛の頂点から衰退への過渡期に当っていたのである。

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