日産(良應院)
日産(良應院)
にっさん
(一五六八-一六一二)
良應院と号す。
家康の側室養珠夫人の甥と伝えられ、池上本門寺日惺の弟子であった。
慶長八年(一六〇三)日苞より譲られて、玉沢妙法華寺第一五世の貫首となった。
当時、妙法華寺は伊豆田方郡(現・伊豆市)加殿村にあったが、玉澤に移転するため大木澤(玉澤の旧名)近郷一三ヵ村の庄屋役人の説得に成功した。
しかし、慶長法難により、遠慮して堂宇を建立するには至らず、近くの雲金妙本寺に隠居したが、功により玉澤中興第二世に数えられる。
養珠夫人は祖父のため駿府に一寺を建立し、夫人の法諱をとって蓮心寺と呼び、師を招いて開山とした。
師はこれに居ること四年、同寺に寂した。
蓮心寺は元和五年(一六一九)徳川頼宣の命により和歌山に移された。
《『日本仏教人名辞典』「日産」の項》