にちじゅ
(-一三三四-五三-)
真間弘法寺(千葉県市川市真間)第三世の貫首。
生没年は不詳であるが、ほぼ日祐と同時代の僧である。
日祐が中山法華経寺第三世に就任するにあたって、隔心のない旨を認めた起請文をとり交している。
建武元年(一三三四)には、日樹は日祐に従って、法門訴訟のために上京しており、この時に起草した連名の申状は、中山法華経寺に伝わっている。
また文和二年(一三五三)には置文を定め、法華寺・本妙寺・弘法寺は、法華寺を中心に三寺一寺の思いをなすべきことを言明している。
出自については諸説があるが、確実なところは不明である。
《『日本仏教人名辞典』「日樹」の項》