にっしゅん
(一六二二-一七〇二)
字は初め是然、のちに秀感と改めた。
中道院と号す。加賀金沢の人。
金沢蓮覚寺日諳について出家。
のち中村および小西檀林に学び器を認められる。
三八歳で鶏冠井の講主となり、更に松ケ崎に文句を講ずる。
寛文五年(一六六五)、京都妙顕寺に晋んで一八世となり、中村の化主をも兼ねおもむいて講義に務める。
妙顕寺に在職すること一七年、あとを法弟の観樹日空にゆずって元禄一五年正月二五日に寂す。
寿八一歳。
強記高徳の誉あり。
《宮崎英修『続・日蓮宗の人びと』、『日本仏教人名辞典』「日春」の項》