日得(寿山院)
日得(寿山院)
にっとく
(-一六一九)
寿山院と号す。
岡崎善立寺七世で、徳川家康の知遇(寺伝では囲碁の師範という)により天正一八年(一五九〇)、江戸入府に同道を許される。
元和元年(一六一五)に江戸麹町内幸町に屋敷地を拝領、朱印一〇石を賜わり、安藤対馬守重信、宮崎備前守時重など有力武将の外護をうけて新寺を建立した。これが江戸と岡崎に両善立寺ができた由縁である。
その後江戸善立寺は神田三河町、更に浅草新寺町に移転、身延山の江戸三役寺(触頭)として繁栄する。
元和三年には静岡の横須賀にやはり同名の善立寺を開創、元和五年四月二九日入寂する。
《『本化別頭仏祖統紀』、『文政寺社書上』、『日本仏教人名辞典』「日得」の項》