にちごん
(一八四八-九八)
字は一行、境行院と号す。
身延山久遠寺第七七世。嘉永元年四月一日下総国香取郡(現・香取市)に生まれる。
六歳にして安房国天津の日澄寺の風間日珠に投ず。
金沢藩士蓮沼某に漢学、円通寺の日暉に天台学、宗学を各々学ぶ。また優陀那日輝にも会する。
玉沢妙法華寺内覚林院に住し、のち玉沢妙法華寺に入山五〇世、明治二六年(一八九三)更に身延山久遠寺七七世となる。
その間明治二〇年宗務監督に就任。
久遠寺に住すること五ヵ年、祖山大学院の宗学者養成に尽力、多くの留学生を比叡山や奈良の諸大寺へと派遣した。
明治三一年二月二日玉沢にて寂す。
寿五一歳。
《『身延山史』》