妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

平賀忠晴

ひらがただはる #2004

平賀忠晴

ひらがただはる

(-一二六九-七〇-)
帝都開の祖・肥後阿闍梨日像(一二六九-一三四一)と、比企谷妙本寺・池上本門寺の両山第三世・大経阿闍梨日輪(一二七〇-一三五九)の父。 氏は平。 下総葛飾郡平賀郷(千葉県松戸)の豪族で、地名をもって平賀将監忠晴と通称す。
日蓮聖人の上足、六老僧・弁阿闍梨日昭(一二二一-一三二三)の義弟になる。
日昭の父は関東で有名をはせた畠山氏の一族で東祐昭といい、母は同じく武士の工藤祐経の女である。 二男二女のうち、日昭は次男である。 姉は武蔵の池上康光に嫁し、宗仲・宗長という二人の男子の母となっている。 妹は平賀有(-一二四五-)に嫁し、六老僧・大阿闍梨日朗(一二四五-一三二〇)を生む。 しかし夫を亡して後、平賀忠晴と再婚するに至った。 ここにおいて日像と日輪の二人の男子を生むのである。
このような関係から、忠晴は聖人に深く帰依し、後に居宅を寺とした。

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