三沢寺(静岡県富士郡)
三沢寺(静岡県富士郡)
さんたくじ
静岡県富士郡芝川町大鹿窪に所在し、三沢入道昌弘によって開創された。
『本化別頭仏祖統紀』によると、三沢入道の先祖は六孫王経基源氏で、その子孫である飯島太郎為満は、雲州亀ケ嶽にいたが、軍功により三沢の城主となった。
そこで三沢の氏を名のり富士郡(現・富士宮市)に館を構えた。
上野・松野氏らと共に親しい間柄であった。
後に館を改めて寺となし、三沢寺としたと伝えている。
また『三沢寺縁起』によると、三沢の祖小次郎は文治五年(一一八九)と正治二年(一二〇〇)に軍功をたてたが、嫡孫の昌弘が日蓮聖人の門下となり、宗を改め俗を捨て法昌日弘と名のり、宅を寺として弘法山三沢寺としたと伝えている。
建治四年(一二七八)二月に聖人から『三沢抄』の一書が与えられている。
この一書は聖人の法門について、佐前と佐後とを区別して考える上での重要な典拠となっている。
また西谷の聖人へ柑子・昆布・海苔等のご供養をしたことがわかる。
《『遺文辞典』歴史篇「三沢(みさわ)」の項》