妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

三光堂

さんこうどう #120

三光堂

さんこうどう

永正年(一五〇四-二一)に本寺境内に造られた堂である。
その頃の本寺主は一二世観行院日了であったが、寺門賑わず困窮のため信者の松永弾正久秀が三光堂を建て日了に盡力した。
その後この堂は文の法難(文五年=一五三六)に被災し、文一三年一四世蓮光院日助の手により本寺再建の折、東西二半、南北二の建物となった。
更に明八年(一七八八)正月晦日、俗に明大火と称する火災により本圀寺(江戸初期に本寺から改称)も多くの諸堂を灰燼にした。
三光堂も焼失しその後東西二間半、南北三間半に復興したが、今の本圀寺に三光堂はない。
いま明徳高校前本圀寺総はこの松永弾正久秀の邸跡である。
《『本化別頭仏祖統紀、宮崎英修「松永弾正久秀」『日蓮宗の人びと』

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