佐竹義重
佐竹義重
さたけよししげ
(一五四七-)
清和源氏義光流。
昌義の時常陸国久慈郡(常陸太田市)佐竹郷に居住。
義重は天文一六年生れ、永禄五年(一五六二)を継ぎ、天正一八年(一五九〇)八月朔日豊臣秀吉より常陸国の旗頭たるべき旨の下知を受けるが、老年に及び、また既に同一四年嫡子義宣に国政を譲っていたので義宣が代ってこれをうけた。
義宣の時、老臣宇垣伊賀守・笹島越後守は深く法華を信じ、慶長三年(一五九八)に加倉井妙徳寺の本法院日尚を請じ、水戸八幡町に本行寺を建立し、池上一二世仏乗院日惺を招いて開山とした。
日尚は二祖となる。
本行寺は後堀村へ移り、更に袴塚へ転じている。
《『国史大辞典』六巻「佐竹義重」の項》