須藤南翠
須藤南翠
すどうなんすい
(一八五八-一九二〇)
明治・大正期の小説家、新聞記者。
本名は光暉みつてる。
号は南翠あるいは南翠外史を最も好んで用いたが、他に土屋郁之助、揚外堂主人、古蒼樓、坎坷山人、香心園主人等の筆名がある。
安政五年、伊予宇和島藩士須藤但馬の次男に生れ、維新の動揺激しい世相の中で、藩校明倫館、松山師範に学ぶ。
のち郷里を出奔して上京、放浪生活を経て『有喜世新聞』の記者となる。
『有喜世新聞』が紙名を『開花新聞』『改進新聞』と変えたのちにも、続々と連載物や社説を書いて好評を得、代表作『新粧之佳人』『緑蓑談』により明治一六(一八八三)、七年頃には文壇の流行児となった。
晩年、伝記文学に精力を傾注し、ことに『日蓮上人』(金尾文淵堂、大正三年=一九一四=刊)を始めとする仏教各派の開祖、高僧を題材とした作品群を発表する。
それらは彼の小説家としての筆力により、従来の高僧伝から非現実性、偶像性を排しながら、資料を自由に駆して高僧の人格を描いた点に特色がある。
《『国史大辞典』三巻「改進新聞」の項》