きんりゅうじ
京都妙顕寺第一〇日堯の開山。
妙顕寺が天正一一年(一五八三)旧地を豊臣秀吉の館とし、その代地として洛北の現在地に、日堯により中興落慶された頃、北岩倉の地に妙顕寺末として建立されたと推察されるが、『末寺帳』にその名をとどめず、『日蓮宗寺院教会名簿』にも見当たらないことから、その後廃寺となったと推察される。
因みに現在の北海道石狩市の金龍寺は函館の実行寺末、山梨県南巨摩郡身延町の金龍寺は大野山本遠寺末でいずれも妙顕寺と無関係であり、『草山集』にみられる摂津高槻に近い金龍寺は岩倉とは京都を中心として北と南の正反対に位置し、また開山創立年代も異にする。