妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

説黙日課

せつもくにっか #4785

説黙日課

せつもくにっか

二巻。
院日(一六二六-九八)著。
別名『鶴城叢書』。いずれも後人置題。
寛文六年(一六六六=四一歳)に筆を起こし、元禄一一年(一六九八=七三歳)の化寂の年に至るまでの、不受不施の大学者安の日向(ひゆうが)謫居中の日記。
『宗全』一二巻所収。
は不受不施の寛文法難によって、寛文六年日向佐土原へ配流の刑を受けた。その法難の日より記録し始めたのがこの日記である。「法難に依て五月二十九日、加賀爪甲斐守亭より日向佐土原領主島津飛弾守亭に渡り、預りと成る」。以後年々事項が簡潔に要約されて記載され、配所において不朽の名著『録内啓蒙』を述作した傑僧日を知る上で最高の資料となっている。
島津帰依によって建てられた文庫を「説黙亭」と称していたところから、この日記が「説黙日課」と呼ばれたのであろう。
元禄八年(一六九五=七〇歳)五月五日、『録内啓蒙』が完成した。
「五日、啓蒙再治の清書三十六巻、今日に至て方に成就す。貞享第四丁卯四月十五日より筆を起し、今年今日に至て九年を歴て大願成弁す。喜気極りなし」。
一二月二七日、この『録内啓蒙』に入眼して「生涯の本望は之に過ぐべからず」と記して日の自筆は終っている。
以後三年は弟子が記録したもので、元禄一一年三月一〇日師の遷化の模様が叙される。
《若山甲蔵『殉教史譚日講上人』》

← 事典トップ