若宮門徒
若宮門徒
わかみやもんと
中山法華経寺は、初祖の日常(一二一六-九九)が開創した若宮(または若宮戸ともいう)法華寺に始まる。
やがて中山本妙寺と真間弘法寺がこれに加わり、三寺が一寺としての観念で運営された。
日常の時には貫首が若宮に住んでいたことから、その一門の僧侶や信者たちは「若宮門徒」とよばれた。
その後、第二世の日高(一二五七-一三一四)の代になると、貫首は中山本妙寺に住み、ここを中心に三寺の運営を行ったので、若宮門徒とは言わなくなり、中山門徒と称することとなった。
中山法華経寺の教団が、若宮門徒と中山門徒に分かれていたのではない。
ただ中山門徒の一翼を荷う真間(弘法寺)門徒は、やがて中山から袖を分つようになる。
《『日蓮辞典』「若宮」の項》