興福寺(奈良県奈良市)
興福寺(奈良県奈良市)
こうふくじ
奈良市に所在。
法相宗の大本山で、南都七大寺の一つ。
天智天皇八年(六九九)藤原鎌足夫人鏡女王(かがみおおきみ)が、山城国(京都)に山階寺(やましなでら)を創立したのに始まる。
のちに飛鳥に移し厩坂寺(うまやさかでら)と称した。
さらに和銅三年(七一〇)平城京遷都に伴い藤原不比等が、現在地に移し興福寺と改めた。
以後、日蓮聖人遺文『神国王御書』に「興福寺を以て藤氏の氏寺と為し」(定八八三頁)と記すように、藤原氏の氏寺として強力な政治勢力を誇り、鎌倉時代以後は一国支配権をも確立した。
衆徒は叡山の山法師に対して奈良法師といわれ、南都・北嶺と並称され恐れられた。
日蓮聖人が興福寺に法相宗を学んだのは、『本化別頭仏祖統紀』(七三頁)によれば宝治元年(一二四七)二六歳の時であったとする。