月行事
月行事
つきぎょうじ
中世・近世に寺社領の自治組織などで、毎年交代で事務執行に当った役。
身延山においては両(月)行事ともいい、支院を本坊と部屋坊との二つに分け、本坊三八坊が二坊ずつの組になって、一組が一ヵ月交代の輪番で務めた。
その選任方法は順番によるもので、久遠寺(本院)を中心としてその東端から西端へと右回りに建立場所の並びの順に選任された。
任務は多様にわたっており、例えば町方を含む身延山内の支配・統制を司っては不正をなすものがあればこれを糾問し、紛争が起ればこれの解決に当った。
また時には身延一山を代表することもあった。
この制は一一世日朝によって始められたと伝えられるが、三八坊による輪次は中世末から近世初頭に定まったもので、明治初年まで存続した。